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神戸地方裁判所 昭和47年(行ウ)4号 判決

神戸市灘区上野通七丁目二番一四号

原告

三豊興業株式会社

右代表者代表取締役

宮迫豊

右訴訟代理人弁護士

林田崇

神戸市灘区泉通二丁目一番地

灘税務署長

被告

松本晴雄

右指定代理人

吉田秀夫

前垣恒夫

上野至

山口一郎

陶山博生

中西時雄

宮崎雄次

主文

一  被告が昭和四五年三月三一日付でなした原告の昭和四二年一〇月一日から同四三年九月三〇日までの事業年度の法人税にかかる更正処分および加算税賦課決定処分(ただしいずれも国税不服審判所長の昭和四六年一〇月九日付裁決により一部取消を受けた残余の部分)を取消す。

二  被告が昭和四五年三月三一日付でなした原告の昭和四三年一〇月一日から同四四年九月三〇日までの事業年度の法人税にかかる更正処分(ただし、国税不服審判所長の昭和四六年一〇月九日付裁決により一部取消された残余の部分で再更正処分により一部減額されたもの)を取消す。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は主文同旨の判決を求め、

被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二当事者の主張

一  原告の主張

(請求原因)

1 原告は不動産の賃貸を業とする法人であるが、被告に対し、自昭和四二年一〇月一日至同四三年九月三〇日事業年度分(以下四三年度分という)および自昭和四三年一〇月一日至同四四年九月三〇日事業年度分(以下四四年度分という)の所得金額および法人税額を各〇円とする確定申告をしたところ被告は昭和四五年三月三一日付通知書をもつて四三年度分につき別紙(一)の別表(1)の、四四年度分につき別紙(一)の別表(2)の各原処分の金額欄記載のとおり各更正処分(以下本件各更正処分という)および加算税賦課決定処分をそれぞれなした。

2 原告は右各処分の取消を求め昭和四五年六月一日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、国税不服審判所長ば昭和四六年一〇月九日付で右各事業年度分につき別表(1)(2)の各裁決後の金額欄記載のごとく原処分の一部を取消し、昭和四六年一一月六日その旨原告に通知した。

3 その後被告は原告に対し四四年度分について所得金額二万八、八七三円、法人税額七、八四〇円とする再更正処分をなしその旨原告に通知した。

4 しかし本件各更正処分はいずれも次の理由により違法であり取消さるべきものである。

(一) 原告の本件各事業年度の所得金額は確定申告のとおり〇円である。被告が本件各更正処分により認定した原告の計上もれ雑収入はいずれも当該年度における原告の収益とはならないものである。

(二) 本件各更正処分には理由付記欠缺の違法がある。

本件各更正処分の通知書には更正の理由として「計上もれ雑収入金‥‥円」として「期中入居者に対する預り金の一部が計上もれ」という程度の記載があるのみであり法人税法の要求する記載すべき理由の要件を満たしているとはいえない。

よつて主文同旨の判決を求める。

(被告の主張に対する認否および反論)

1 被告主張2の(一)のうち、四三年度分につき明細表〈1〉記載の各借主から敷金を受領したことおよび四四年度分につき明細表〈2〉の(イ)記載の借主のうち杉本洋一を除く他の借主から敷金を各受領したことは認める。なお付表〈1〉記載の借主ニツケル・エンドライオンズ株式会社から受領した敷金のうち六万円は返還した。

2 被告主張2の(一)のハの明細表〈1〉(四三年度分)の各借主と原告との賃貸借契約の内容は別紙記載の様式(甲第一号証の様式)と同様形式であり所謂敷引に関する特約(特約(一)という)は「借主の事情により解約の場合は敷金の返済は次記の金額を差引きした金額を返済する」となつており、明細表〈2〉の〈イ〉(四四年度分)の借主のうち富野進との契約では「本契約解除の際甲は敷金の内より一割を差引いた残額を乙に返済なすものとする」(特約(二)という)となつている。

被告は原告経営にかかるマンシヨンの賃貸借に関し右の如く特約(一)および(二)が契約書に記載されていることを理由として、右特約に基づいて差引くべき金額は解約時の益金ではなく契約時の益金と解すべきであると主張する。

しかし、敷金の一部を差引く約定所謂敷引の特約については現状回復義務の履行に代わる損害賠償額の予約であると解するのが合理的であり、右の如く解する以上解約の時点において補修費その他の損金に充当し尚余りあるときは初めて雑収入として益金に計上すべきであるから解約の時点に至らなければ収益の額も確定しないというべきである。また本件の契約のほとんどが「借主の事情により解約したる場合は」との条件が付されているのであり、これは停止条件付に収益(債務免除)が発生することを意味し契約締結の時点では収益発生の期待権にすぎない。かかる不確実にして且つ理論的にも問題が多いものを単なる可能性に基づき契約締結時の益金として計上する被告の主張が誤りであることは明白である。

3 更正処分の理由付記を求める法の趣旨は、納税者は理由を告げて反論の機会を与えるということのみならず処分庁の判断が生じるまでの理論的経過を客観的に表明せしめることによつて処分庁の恣意専断を防止し処分の慎重を期し誤りを無からしめるにある。

本件の如き事案においては個々に特定された契約に基づいて授受された敷金何円のうち何円が如何なる理由により契約時の益金と解すべきかを説示しなければ法の要求を満たしたことにはならないというべきである。

二  請求原因に対する認否および被告の主張

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  本件各更正処分の適法性について

(一) 被告が本件各更正処分をなした原告の所得金額の計算内容(裁決により一部取消後のもの、以下同じ。)は、次のとおりである。

イ 四三年度分

(1) 確定申告書の所得金額 〇円

(2) 加算金額 雑収入 二一二万円

返還を要しない敷金を、契約成立時の益金の額に算入すべき雑収入として加算したものである。

(3) 減算金額 繰越欠損金 一二五万三、三五二円

前事業年度末までの繰越欠損金一九〇万四、九六二円のうち、原告が確定申告書において、六五万一、六一〇円を減算していたので、その残余の額の全額を減算したものである。

(4) 差引更正所得金額 八六万六、六四八円

ロ 四四年度分

(1) 確定申告書の所得金額 〇円

(2) 加算金額 四二万〇、八三三円

その内訳

(ア) 雑収入 二〇万円

前事業年度分と同様に、返還を要しない敷金を契約成立時の益金の額に算入すべき雑収入として加算したものである。

(イ) 繰越欠損金の否認額 二二万〇、八三三円

前事業年度において、被告が繰越欠損金の全額を減算した(前記のイの(3)参照)ため、繰越欠損金は消滅した。

そこで、原告が本件事業年度の確定申告に際し減算していた繰越欠損金は、損金の額に算入されないこととなるので、これを加算したものである。

(3) 減算金額 三四万一、九六〇円

その内訳

(ア) 事業税 五万一、九六〇円

前事業年度分の更正所得金額に対する事業税は、原告の帳簿においては本事業年度の損金の額に算入されていないため、これを減算したものである。

(イ) 計上済雑収入 二九万円

原告が本事業年度(解約時)において、返還を要しない敷金を、営業外収益の部の違約事項収入として益金の額に算入していたものが四四万円あつた。そのうちに、被告がすでに前事業年度において、雑収入として益金の額に加算したものがあつたので、これに対応するものを減算したものである。

(4) 差引更正所得金額 七万八、八七三円

ハ 被告が益金加算をした各賃貸借契約に定められた返還を要しない敷金は左のとおりである。

〈1〉 四三年度分

加算金額 雑収入二一二万円の明細

〈省略〉

〈省略〉

〈2〉 四四年度分

(イ) 加算金額 雑収入二〇万円の明細

〈省略〉

〈省略〉

なお、右のうち杉本洋一分五〇、〇〇〇円は収益の帰属年度を誤つていたので減額更正した。

(ロ) 減算金額 計上済雑収入二九万円の明細

〈省略〉

(二) 右(一)のハの明細表〈1〉記載の借主と原告との賃貸借契約が原告主張の形式(甲第一号証と同様形式)でなされていること、明細表〈2〉の(イ)記載の富野進と原告の賃貸借が原告主張の形式(甲第二号証と同様形式)でなされていることは認める。

ところで原告は右敷金のうち返還を要しない部分の金員は損害賠償の予約であるから解約時でなければ収益の額も決まらない、あるいは「借主の事情により解約したる場合」との文字が付加されていることをとらえ契約時には敷金の一部を返還しないでよいか否かは確定していないと主張する。

しかしながら

(1) 原告主張の「借主の事情により」という条件は借家法において貸主の解約権が制限されていることからみて、実質無条件に等しく、かりに借主の事情以外の事情(貸主の責めによる場合はむしろ損害賠償の問題である)による解約がありうるとしてもそれは稀有の場合であり、さらに右条件にかかる敷金の一部は貸主において契約時に収受すると同時に事実上自由に利用処分できるのであるから、かような条件の有効性を認めるとしてもそれは実質的、法律的にみれば、借主の事情以外の事情による解約を解除条件として契約時に右敷金の一部を取得したものとみるべきである。

なお解除条件としてみる場合には、もし借主の事情以外の事情による解約があれば、右敷金の一部に相当する金額を解約時の年度の損金とすることになる。

(2) 雑収入の収益計上の時期についてみるに原告が賃借人らから交付を受けた敷金のうち、解約の際返還を要しない部分の金額は、契約時にすでに返還を要しない額が定められ損害の存否にかかわらず原告が返還を要しないもので本来賃借人には返還請求権のない金員であるから損害賠償額の予約ではなく、実質的には権利金の一種と解され、契約時の収益に計上すべきものである。原告がいう損金の支出はその支出された年度の損金として捉えるべきもので、そのために、返還を要しない敷金の一部が契約時の収入になりえないものではない。原告は、「補修費その他の損金に充当」と述べているが、貸家の通常の使用にもとずく損傷のうち、建物本体の減耗に基づくものは家賃収入によりまかなわれる減価償却の対象であり、その他のものは支出した当該年度の損金とすべきものであつて、損害賠償の対象となる補修費は稀有である。

そもそも敷金とは、不動産特に憩物の賃貸借契約に際し、賃借人の賃料債務を「担保する目的」で、賃借人から賃貸人に交付される金銭であり、賃貸借契約終了の際に、賃借人の金銭債務で不履行のものがあれば当然その額が減額され、債務不履行がなければ全額、賃借人に「返還される」べきものをいうのであつて、原則として「返還される」ことが要件である。実定法(民法三一六条・同六一九条二項・破産法一〇三条)の規定も、右の意味における敷金の存在を前提としているのである。

また、今日では、建物の賃貸借契約に際し、賃貸人が賃借人から敷金を収受し、賃借人の故意過失による火災で滅失した場合等「一定の事由」がある場合には、敷金を返還しない旨の約定がなされているのが常態であり、本件の契約書にも右の趣旨の約定がある。かかる約定による返還を要しない金員の性質は、損害賠償の予約と解され、解約の時でなければ収益の額も決定しないであろう。

しかし、本件のように敷金のうち一定の割合ないし一定の額について、契約時において、すでに、解約の際の「返還されない」額が定められ賃借人にとつて返還請求権を有しないものは、右の敷金には該当しないから、停止条件付の損害賠償の予約ではなく、むしろ権利金債権の一種と解するのが至当である。

そして、権利金債権は、その基礎となつた賃貸借契約が締結され、貸室の引渡しがあつた時に確定し、この時点において収益として計上すべきものである。

したがつて、本件の返還を要しない部分の金額を、契約停結時の雑収入として原告の申告所得金額に加算した被告の処分には誤りはない。

(三) 更正の理由附記について

一般に法が行政処分に理由を附記すべきものとしているのは、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものであるから、その配載を欠くにおいては、処分自体の取消を免れないものといわなければならないが、どの程度の記載をなすべきかは、処分の性質と理由附記を命じた各法律の規定の趣旨目的に照らしてこれを決すべきである。

しかるところ、青色申告者に対する更正処分は、誠実かつ信頼性のある帳簿書類を完備している納税者を対象とし、その帳簿書類に基づいてなされた所得計算の是非にかかわるものであるから、その帳簿書類の個々の科目、数額と直接関連させながら更正の具体的理由を明示しなければならないが、法人税法一三〇条が青色申告者に対する更正処分に理由の附記を命じた目的は、処分庁の恣意を抑制しその慎重、公正を担保し、あわせて納税者に不服申立ての便宜を与えるなど、その行政の適正化と納税者の権利の救済に資せんとするがためのものにほかならないから、処分の理由が更正通知書の記載からしか了知しえない場合であれば、もとよりその通知書に具体的理由を明らかにしなければならないであろうが、その通知書の記載内容が他の諸事情と相まつて更正処分の具体的理由を了知しうる場合、すなわち、その事案の全体との関連でその記載内容が法の要求する附記の要件を充たしていると認められる場合には、更正の具体的理由を詳しく記載しなかつたとしても、なんら理由附記を命じた法の目的を没却するものでないと解すべきである。そして、更正処分は各事案毎に個別になされるものであるから、その更正の理由は当該事案との関係において、当該納税者が理解し得る程度に記載されていれば足りるものと解すべきである。

右の見地から本件更正処分の理由附記についてみれば、本件更正通知書の理由の記載は、原告が預り敷金勘定として計上しているもののうち、返還を要しない部分すなわち処分の対象となつた勘定科目を雑収入と特定し、その金額および右敷金の一部を申告所得金額に加算したことを具体的に明記しているものである。

すなわち敷金は、賃貸借契約終了の際に賃借人に返還されるべきものであるから、原告の賃借人に対する債務であり、勘定科目としては「預り金」となるはずのものである。したがつて、会計学上敷金がいかなる場合でも、勘定科目「雑収入」として益金になることはありえないのである。ところが、本件青色更正通知書の更正理由欄のうち、四三年度分には「加算金額、計上もれ雑収入二一七万円、期中入居者に対する預り敷金の一部が計上もれ」と記載されており、四四年度分には「加算金額、計上もれ雑収入二五万円、期中入居者に対する預り敷金の一部が計上もれ」と記載されているのである。右記載に、「預り敷金の一部」が「雑収入」となるとされていることからすれば、そこにいう「預り敷金の一部」とは、本来の意味の敷金をいうのではなく、原告が賃借人から交付を受けた敷金のうち賃貸借契約解約の際返還を要しない部分を指していることは明らかである。

したがつて、本件青色更正通知書に更正の理由として掲げられた「加算金額、計上もれ雑収入二一七万円、期中入居者に対する預り敷金の一部が計上もれ」(四三年度)、「加算金額、計上もれ雑収入二五万円、期中入居者に対する預り敷金の一部が計上もれ」(四四年度)というのは、原告が賃借人から交付を受けた敷金のうち賃貸借契約解約の際に返還を要しない部分を、賃貸借契約締結時の属する事業年度の益金として加算すべきことを簡潔に表現したものであり、本件のように帳簿書類の記載に誤りがあるというのではなく、原告の所得の計上時期についての解釈を失当として、その所得金額の計算をやり直す場合の更正の理由としては、十分な根拠を示しているといえる。そしてて、原告が本件青色更正通知書に記載された更正の理由を十分に理解していたことは、原告の本件青色更正に対する各審査請求書に審査請求の理由として「計上もれ雑収入として、預り敷金の一部を益金に算入する趣旨の更正をされたが、この預り敷金は、借主との契約で特約事項として「借主の事情により解約の場合、敷金の返済は次記の金額を差引きした金額とする」と定められた金額であり、特約該当解約の場合は、解約の際概ね敷金の一割を差引きしているもので、これは当然その解約時の益金に計上されている。然るに、この更正は、預つた時点でこれを益金算入したもので契約を無視し、ただ早く課税すればよいというやり方である旨述べられていることからも明らかである。

よつて本件各更正通知書に記載された理由は法人税法の要求する要件を充たしているというべきである。

第三証拠

原告は、甲第一ないし第四号証を提出し、乙号各証の成立は全て認めると述べ、

被告は、乙第一ないし第五号証を提出し、甲号各証の成立は全て認めると述べた。

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

二1  被告が四三年度分の計上もれ雑収入として加算した「返還を要しない敷金」の明細は被告主張2の(一)のハ明細表〈1〉記載のとおりであり、四四年度分の同様明細は同2の(一)のハ明細表〈2〉の(イ)記載のとおりである。(以下明細表〈1〉、同〈2〉の(イ)と略称する。)ところ原告が右各明細表記載の借主と賃貸借契約を締結したこと、右明細表〈1〉記載の各賃貸借契約には「借主の事情により解約の場合敷金の返済は次記の金額(即ち敷金名下に受領した金額の一定割合に相当する金額)を差引きした金額を返済する」との特約がなされていること、明細表〈2〉の(イ)のうち原告と富野進との賃貸借契約には「本契約解除の際貸主は敷金のうちより一割を差引いた残額を借主に返還なすものとする」との特約がなされていること、以上の各事実は当事者間に争いがない。そして明細表〈2〉の(イ)のうち右富野進および杉本洋一を除くその他の借主と原告との各賃貸借契約は右富野進との賃貸借契約若しくは明細表〈1〉の各賃貸借契約と同様の敷金に関する特約がなされていること、本件各賃貸借契約(但し、明細表〈2〉の(イ)の杉本洋一関係を除く、以下同様)の締結年月日、受領敷金のうち右特約により返還を要しないとされる金額が各明細表記載のとおりであることの各事実は原告においていずれも明らかに争わないから自白したものとみなす。

2  ところで、本訴の争点は(1)本件各賃貸借契約の前記各特約に定める「返還を要しないとされる敷金」が各事業年度(即ち賃貸借契約締結時の属する事業年度)の所得に該当するか否か(2)本件各更正処分の理由付記の適否の二点である。当裁判所は後配のごとく本件各更正処分は理由付記の不備により違法であり取消しを免れないものと解するものであるが、本訴の経緯に鑑み第一点についても判断する。

(一)  本件各賃貸借契約の前記各特約に定める「返還を要しない敷金」(以下混同を避けるため返還を要しない金員という)の性質について検討する。

ところで本件各賃貸借契約における各特約をどのように解すべきかは、結局右特約に対する当事者の意思解釈の問題に帰着する。そして本件賃貸借契約にみられる本件各特約は本件賃貸借契約に固有のものではなく、広く一般の不動産賃貸借契約においてもなされていることは当裁判所に顕著な事実である。そこでまず特約(一)の場合の「借主の事情により」の文言を除外して本件各特約について考えるに、本件各特約は「賃貸借契約終了の場合(特約(一)は解約の、同(二)は解除の語を用いるが、相互に解除、解約の場合を除外する趣旨とは考えられない。)は、敷金(即ち敷金名下に受領した金員の総額)から右敷金に対する一定割合に相当する金員を差引した残額の全部を返済する。ただし、契約終了時に賃借人の賃料債務その他の金銭債務で不履行のものがあれば、右返済される残額部分から右債務不履行額が当然減額される。」趣旨であると解するのが相当である。これを明細表〈1〉記載の借主との各賃貸借契約についてみれば、右賃貸借契約が別紙記載の様式(甲第一号証と同様形式)で締結されていることは当事者間に争いのないところであり、結局「契約終了の際敷金名下に受領した金員のうち返還を要しない金員を除いた残額の全部を返還する。ただし未払賃料があるとき、第一五条前段(別紙(一)記載の一五条)所定の修繕が未了であるときおよび第一六条本文(別紙(二)記載一六条)にあたる時その他賃借人の債務不履行による損害がある場合はこの限りでない」と解するのが相当である。また成立に争いのない甲第二号証および弁論の全趣旨によると原告と富野進との賃貸借契約(本件特約(二)の場合)も前同様に解することができる。

以上によれば、右返還を要しない金員は敷金ではなく、権利金の一種であると解するを相当とする。

次に、特約(一)における「借主の事情により解約」についてみるに右は単に借主の都合により借主において解約した場合のみならず、広く借主側の事情による解約(借主の債務不履行による契約解除の場合も含む)と解するのが相当である。けだし、原告が借主の債務不履行による解除も含まれると解していることは弁論の全趣旨より明らかであり、また、借主の都合により借主において解約する場合ですら、返還を要しない金員が貸主に帰属する関係に消長を及ぼさないのであるから、まして借主に債務不履行があり、そのため貸主において契約を解除する場合には、返還を要しない金員が貸主に帰属する関係に消長を及ぼさないと解すべきことは、いうをまたないからである。

そうすると、右の借主側の事情以外による解約(解除)の場合は理論的には双方の事情によらない不可抗力による契約終了、原告(貸主)側の都合による解約、原告(貸主)の債務不履行による解除の各場合が考えられるが原告は不動産の賃貸を業とする株式会社であることを考えれば借主側の事情以外による解約(解除)の場合は実際上は稀であり、原告は返還を要しない金員は契約時に収受すると同時に事実上自由に利用処分できると考えられる。してみると、原告は借主側の事情以外の事情による解約(解除)を解除条件として契約時に返還を要しない金員を取得したものと解すべきである。

以上によれば、本件各賃貸借契約の特約に基づき返還を要しない金員は権利金の一種であり原告は契約締結時において右金員を取得したものと解するのが相当である。よつて右返還を要しない金員を本件各賃貸借契約締結時の属する事業年度の所得であるとした被告の処分に違法はない。

(二)  理由付記について

法人税法が更正処分に理由付記を命じた理由は、処分庁の判断の慎重合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服申立の便宜を与えることにある。これを本件各更正処分についてみるに、その付記理由として四三年度分につき加算金額として「計上もれ雑収入二一七万円、期中入居者に対する預り敷金の一部が計上もれ」と、四四年度分につき加算金額として「計上もれ雑収入二五万円、期中入居者に対する預り敷金の一部が計上もれ」と各記載されていることは当事者間に争いがない。(なお、成立に争いのない甲第四号証によると四四年度分については加算金額として、繰越欠損金の否認二二万八三三円、控除未済欠損金がないので否認する」と記載されている。)

被告は右記載は原告が賃借人から交付を受けた敷金のうち賃貸借終了の際に返還を要しない部分(四三年度分は明細表〈1〉の、四四年度分については明細表〈2〉の(イ)により算出された合計額)を右契約締結時の属する事業年度の益金として加算すべきこと簡潔に表現したものであると主張する。なる程所謂青色申告法人である原告は当然に会計学に関する相応の知識を有しているはずであるから、被告が主張するように敷金そのものが勘定科目の雑収入として益金になることがあり得ないことは理解し得ると考えられ従つて本件付記理由からして、本件各賃貸借契約に基づき敷金名下で受領した金員のうち、本件特約に基づき返還を要しない金員を雑収入として計上したものであることを推知することは不可能ではないと考えられる。

しかしながら、本件各付記理由から、雑収入として記載された金額の具体的算出根拠即ち四三年度分については明細表〈1〉四四年度分については明細表〈2〉の(イ)各記載の各借主との賃貸借契約に基づき受領した敷金名下の金員のうち本件各特約に基づき返還を要しない金員(右各表記載の金員)の合計額であることを理解することはとうてい不可能である。被告は本件各更正は、所得の計上時期に関する原告の解釈を失当として、その所得金額の計算をやり直したものであり原告の帳簿書類の記載に誤りがある場合ではないから本件各付記理由の程度で十分である旨主張する。しかし本件各付記理由からすれば雑収入の具体的算出根拠が示されておらず原告の帳簿書類の記載の否認あるいは遺脱に基づくものか否かは判明しないというべきであり、このことは四四年度分の雑収入算出根拠とされていた杉本洋一関係が計上年度の誤りを理由に再更正されたこと(このことは当事者間に争いがない。)からも推認し得るのである。従つて原告において返還を要しない金員が賃貸借契約締結時の属する事業年度の所得として加算されたものであることを知り得たとしても、本件付記理由から(期中入居者に対する云々の記載があつても)当然に雑収入とされた所得の算出根拠が理解されるものとはいえず右主張は理由がない。

以上によれば、本件各更正処分の付記理由からは遺脱誤算の発見された勘定科目が雑収入であることと、雑収入とされたものが本件各賃貸借契約の特約に基づく返還を要しない金員であることが推知し得るにとどまり、雑収入とされた金額算定の根拠となるべき基本的事項の具体的明示がなされていないということができ、冒頭記載の理由付記を要求する法の趣旨からすると本件各更正処分には理由付記不備の違法があるといわざるを得ない。

三  以上説示のとおり、本件各更正処分(ただし、四三年度分法人税にかかる更正処分は国税不服審判所長の昭和四六年一〇月九日付裁決により一部取消を受けた残余の部分で四四年度分法人税にかかる更正処分は右裁決により一部取消を受けた残余の部分で再更正処分により減額されたもの)には理由付記不備の違法があり、取消を免れず、従つて四三年度法人税にかかる加算税賦決定も取消さるべきものである。

よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 乾達彦 裁判官 糟谷邦彦 裁判官 宗宮英俊)

別表(1)

自昭和42年10月1日至昭和43年9月30日

事業年度(43年度)

〈省略〉

別表(2)

自昭和43年10月1日至昭和44年9月30日

事業年度(44年度)

〈省略〉

別紙(二)

賃貸借契約証書

今般左記の物件の賃貸借契約するにつき貸主 を甲とし借主

を乙と称し以下の事項を約し賃貸借契約を締結し以下の事項を約す。

第一条 建物物件の所在地

第二条 賃貸借物件の表示及び入居人員

第三条 敷金一金 (無利息として預託する)

但し乙は敷金の返還請求権を第三者に譲渡しないものとする。

第四条 家賃一ヶ月金 先家賃持参払とする。

第五条 本書を以つて敷金の預証とする。敷金を家賃に充当する事は出来ない。

第六条 物件の引渡しは昭和 年 月 日とする。

第七条 乙は、本件建物の使用に必要な一切の費用を負担するものとする。

第八条 乙に於で本契約を解約する場合は明渡期日を一ヶ月前に甲に予告するものとし、解約明渡の時本証と引換に敷金を乙に返金するものとする。

第九条 転出の場合家賃は 割計算を以つて清算するものとする。

第十条 乙の転出する場合は電灯、瓦斯、水道、新聞等各諸料金は転出当日までに使用したる料金を確実に支払いし、その証明書又は領収書を甲に提出確認をうけるものとする。

第十一条 甲は前項賃借料金が土地建物の価格の高騰公租公課の増徴経費の増加その他の理由により賃料が不相当になつたときは、賃料の増額を請求できる。

第十二条 乙は甲の書面による承諾がなければ賃貸物件の模様替をすることができない。又本件建物を他に転貸及び他人を同居或は賃借権を第三者に譲渡できない。

第十三条 乙が転出の場合には立退料転宅費其の他の費用等は請求できない。

第十四条 乙が家賃を壱ヶ月以上滞納した時は、甲は、催告手続を要せず本契約を解除する事が出来る。其の場合乙は建物を即時明渡する事。

第十五条 過失又は故意による畳建具その他建物に属するものを毀損したる時は乙の負担とし、即時修繕する事。不可抗力による天災、地変水火災自然消耗等は甲の負担とする。

第十六条 乙の過失による火災消失の場合敷金は乙に返金しない。

但し類焼の場合は乙に敷金を返金するものとする。

第十七条 乙は犬猫等の動物は一切飼育しない事。

第十八条 乙は賃借建物の使用に際し危険、不潔または近隣に迷惑をおよぼす行為、あるいは建物に損害をおよぼすおそれある行為等をしてはならない。

第十九条 賃貸借期間は本契約締結の日から 年間とする但し賃貸借期間終了前に、甲または乙より何等の異議の申出がないときは、更に一年間契約は自動的に更新されるものとしその後もこれに準じて延長される。

第二十条 この契約に定めていない事項は、すべて関係法規または一般取引慣行に従い誠意を以つて協議善処しなければならない。

第二十一条 乙が右記各項に違背した場合、甲は何等の催告を要せずして本契約を解約することができる。

特約条項記載欄

一 借主の事情により解約の場合敷金の返済は次記の金額を差引きした金額を返済する。

右契約を証するためこの証書を作り各署名して印をおし各一通を保有するものとする。

昭和 年 月 日

(甲) 賃貸人住所

氏名

(乙) 賃借人住所

職業

氏名

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